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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)824号 判決

控訴人

大川敏二

被控訴人

小泉巌

右訴訟代理人

渡辺昭

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一被控訴人が原判決添付物件目録(五)、(六)記載の土地(以下、本件各土地という)を所有していること、控訴人が本件各土地について被控訴人主張のとおりの仮登記(以下、本件各仮登記という)を有していることは、いずれも当事者間に争いがない。

二控訴人は、昭和四二年三月一〇日、本件各土地を被控訴人の代理人篠崎一から買受けたもので、仮に右篠崎に代理権がなかつたとしても、被控訴人は右篠崎に登記済権利証、印鑑証明書、委任状などを交付することにより同人に代理権限のあることを表示したから表見代理が成立し、そうでないとしても、被控訴人は、昭和四三年九月四日ころ、司法書士に対して本件各土地についての所有権移転登記手続を依頼することにより右売買契約を追認したと主張する。しかしながら、控訴人と篠崎との間で売買契約が締結されたことは認められるが、右篠崎に代理権があつたことはもとより、表見代理の成立及び追認の事実のいずれをも認めることができないのであつて、この点に関する当裁判所の判断は、原判決理由二の1及び4(一)ないし(三)記載のとおりであるから、これを引用する。

三そうとすれば、控訴人が本件各土地について有する本件各仮登記は、登記原因を欠くもので無効であることになるが、〈証拠〉によれば、昭和四三年七月一六日、本件各仮登記によつて表示された所有権移転請求権がいずれも控訴人から第一審被告野本つやに譲渡され、昭和四三年七月一七日付で所有権移転請求権の移転請求権仮登記の付記登記がなされている(その後更に被控訴人から右野本つやに対して直接に昭和四三年九月四日付で所有権移転の本登記がなされたため、本件(六)の土地については、昭和四四年一一月二四日付で同年九月四日混同を原因として右付記登記の抹消登記がなされている)ことが認められるので、職権をもつて、控訴人のみを相手にして本件各仮登記の抹消登記手続を求める訴の利益の有無、もしありとすれば更に右請求の当否について判断する。

ところで、仮登記によつて表示された所有権移転請求権が譲渡されこれに基づいて権利移転の付記登記がなされた場合については、主登記たる仮登記と付記登記の両者が相まつて譲受人の有する所有権移転請求権を公示することになるため、付記登記の名義が同時に主登記の名義人になるものとして、所有者が主登記の原始的又は後発的無効を主張して右登記の抹消登記手続を求めるにあたつては、付記登記の名義人のみを相手にして訴求すれば足り、これとの関係で主登記の抹消を命ずる判決が確定すれば、主登記と付記登記の双方を同時に抹消することができ、必ずしも主登記の名義人を相手にして訴求しなければならないものではないと解されている(最高裁昭和四二年(オ)第七三八号、同四四年四月二二日第三小法廷判決民集二三巻四号八一五頁参照)。

このような見解に立てば、本件においても、主登記名義人たる控訴人のみを相手にしてその抹消登記手続を求める本件訴は、一見、訴の利益を欠くと解すべきであるようにみえないではない。しかしながら、付記登記の名義人たる右野本つやが主登記の名義人たる控訴人からの譲受けによつて取得したのは、前述のように、控訴人が被控訴人に対して有する所有権移転請求権そのものではなく右所有権移転請求権について更にその移転を求める請求権であつて、登記簿上はいぜんとして控訴人が被控訴人に対して所有権移転請求権を有する旨の表示がなされていることが明らかであるし、仮に、本件のような場合においても、付記登記の名義人たる右野本つやのみを相手にして訴求することにより主登記たる本件各仮登記の抹消をはかることが不可能ではないとしても、右抹消登記を命ずる判決の既判力が主登記の名義人たる控訴人に及ぶ余地はなく、後日控訴人から抹消回復登記を求める訴を提起される場合もないとはいえないから、主登記の名義人たる控訴人がその抹消登記手続を求める被控訴人の本訴請求を争つている本件では、主登記たる本件各仮登記の名義人である控訴人を相手にしてその抹消登記手続を求める本件訴は、訴の利益がないとはいえないし、その登記原因が存在しないこと前認定のとおりである以上、その請求も正当であるというべきである(前記判例は、現在の登記名義人のみを被告として訴求すれば足りるというだけで、この方法を採ることが必要であるとまではいつていないのであるから、訴の利益を肯定することは前記判例に反するものではない。)。

四以上のとおりであつて被控訴人の控訴人に対する本訴請求を認容した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条に従いこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき、同法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(吉岡進 園部秀信 太田豊)

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